大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)6269号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
本件事案は、次の通りである。一級建築士である被告は、原告から通常の耐力を有する軽量鉄骨造陸屋根三階建居宅一棟(延面積154.30平方メートル)の建築の設計及び施工を、代金四五〇万円で請負い、そのうち右建物の建築工事を訴外Aに下請けさせ、右Aが昭和四〇年七月下旬頃、工事を完成させ、その頃、右建物は、原告に引渡された。本件請負建築にかかる建物には、その屋上等にひび割れが生じ、雨漏りが発生したので、原告は、被告に対し再三その補修の請求をしたが、原告がこれに応じなかつたので、被告は訴外Bに補修工事を請負わせ、これを完成した。
そこで、原告は、当初は、本件請負工事契約の債務不履行を理由に、本件建物の補修、完成に要した費用金一三〇万円と慰藉料金一〇〇万円の合計金二三〇万の賠償を求めて、昭和四一年一一月に訴を提起したが、その訴訟中の昭和五五年九月及び同五六年一〇月に、請求を拡張して、債務不履行及び不法行為による損害賠償として、本件建物の取壊と再築その他に要した費用合計金二〇三一万円余の支払を、従前の請求に追加して求めた。
本判決は、本件建物の請負工事等については、日本軽量鉄骨建築協会作成の軽量鉄骨建築基準及び日本建築学会作成の薄板鋼構造設計施工基準に達しない板厚1.6ミリメートルの鉄骨を使用した点において瑕疵があるとして、補修工事に要した費用金一二五万九五〇〇円と慰藉料金六〇万円の賠償を認めたが、昭和五五年九月になつて拡張された請求部分については、消滅時効が完成しているとして、これを棄却した。
請負仕事に瑕疵がある場合の請負人の瑕疵担保責任(民法六三四条以下)と不完全履行責任の関係については後藤「最近の裁判例からみた請負に関する諸問題」本誌三六五号五八頁以下を、また、請負仕事に瑕疵がある場合の慰藉料請求については、後藤「前掲論文」本誌三六五号五七頁以下を各参照。さらに、一部請求の訴提起と時効の中断については、最判昭34.2.20(民集一三巻二号二〇九頁)、最判昭45.7.24(民集二四巻七号一一七七頁各参照)。
【判旨】
五本件建物の設計及び施工の内容
1 被告が本件建物の主要構造部に板厚1.6ミリメートルの鉄骨、水平面筋かい材として直径九ミリメートルの丸鋼、集結材として板厚2.3ミリメートルの鉄板をそれぞれ使用し、つなぎ梁のない独立基礎を採用し、二、三階のベランダ床にモルタル防水を施し、ドレーン、竪樋は設けず、屋上はネオベック防水とする設計、施工をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、本件建物は床面積一ないし三階共それぞれ48.60平方メートル(塔屋を含めると高さ約11.5メートル)の軽量鉄骨造の建物であること、被告は、本件建物の主要構造部にあたる通し柱、梁(ラチス梁)及びこれに準ずる間柱にそれぞれ板厚1.6ミリメートルの鉄骨を採用し、各通し柱の下には1ないし1.2メートル四方のコンクリート製独立基礎を設置したが、間柱(以下、通し柱以外の鉄骨柱をいう)下の部分は、他の壁面部分と同様に土台受けとしてコンクリートブロックを敷いたのみで、間柱と通し柱の各接地部分も鉄骨で連結しない設計、施工をし、また、通し柱の各階接合部に板厚2.3ミリメートルの集結材を使用したが、間柱の各階接合部には無結材を使用せず、間柱とこれから0.6ないし0.9メートル離れた地点に位置する通し柱との間及び各階水平面にはそれぞれ筋かい(軸組面は直径一三ないし一九ミリメートル、水平面は直径九ミリメートルの丸鋼)を入れたが、塔屋を除くその余の部分にはこれを入れなかつたこと、更に、当初の契約において本件建物の屋根をフジナミラスシート(板厚0.27〜0.5ミリメートル)を下地としてモルタルを塗り、両流れの勾配をつける形式とする設計をしていたが、これが歩行用の屋上形式に変更された後も右設計内容を変更せず、七五センチメートル間隔の根太の上に既に東西方向に張り終つていた右ラスシートをキーストンプレート等の強固なものに張り替える等の措置をとらず、しかも、その後右設計内容と異なる南上りの片流れ形式を採用して施工し、建物南側の竪樋及び会所を省いたが、従前の両流れ形式による鉄骨組(本件建物の場合建物の南側と北側が中央部分より三センチメートル下つている)を修正せずにラスシートの上に塗るモルタルの厚みを変えることで南上りの片流れ勾配をつくり出し、屋上に立上りを設けず、窓まわり、水切り部分等のコーキングもしなかつたこと、以上の事実を認めることができる。
<証人>は、<証拠>において、本件工事請負契約書添付の基礎伏図には間柱下の基礎の表示がないが、これは原告の度重なる設計変更申入により間柱の位置が決まらなかつたことによるもので、実際は後日通し柱下の基礎と同様の独立基礎が設置された旨述べているが、右基礎伏図(甲第一号証の一の二添付図面ナンバー8)には間柱の位置も記載されており、同図面上は少くとも間柱の位置が決定しているのであるから、被告において間柱下に基礎を設置するつもりであれば、同図面にその表示がなされて然るべきであるし、間柱の位置が決まらないまま工事を開始することも通常考えにくいことであるから、右証言等を直ちに採用することはできず、また、本件建物の基礎は布基礎で、土台下もコンクリートで固めてある旨の<証拠>も<証拠>に照らして措信できない。
2 ところで、本件建物に使用された板厚1.6ミリメートルの鉄骨が一般に市販される軽量形鋼(板厚3.2、2.3、1.6ミリメートルの三種)のうち最も板厚の薄い鉄骨であることは被告自身供述するところであり、昭和三六年五月三一日住指発第五五号建設省住宅局建築指導課長から特定行政庁建築主務部長宛通達において、適切な基準であるとして下達された日本軽量鉄骨建築協会作成の軽量鉄骨建築指導基準は、上から数えて二つ目の階及びそれより上の階で軒の高さが九メートル以内の建築物の場合に使用する鋼材の板厚は2.3ミリメートル以上、上から数えて三つ目の階で軒の高さが九メートルを越え一三メートル以内の建築物の場合は三ミリメートル以上とするが、特殊な材料、構法を用いる等、特別な事情がある場合で、同基準によるものと同等以上の効力があると認められるときは、同基準によらないことができる旨定め、日本建築学会作成の薄板鋼構造設計施工基準では、柱、梁、小屋組など構造耐力上主要な部分などに使用する材の厚さは2.3ミリメートル以上とする旨規定されていることは、<証拠>から明らかである。
そして、一般に軽量形鋼が運搬や建方中の変形、腐食などの点において構造耐力上の欠点を有し、板厚が減少するに従つて構造上の耐力が減少することは異論のないところであり、右両基準が、これらの諸点を充分考慮に入れたうえ、建築物の安全性を確保する見地から遵守されるべき基準として作成されたもので、建築の分野において権威ある基準として是認されてきたことは、<証拠>から明らかであるから、右両基準を無視して三階建の建築物である本件建物の主要構造部に板厚1.6ミリメートルの鉄骨を採用した被告の設計、それによる施工は、特殊な材料、構法を用いる等、右両基準に定めるものと同等以上の耐力を確保していると認められる特段の事情がない限り、構造耐力上の危険を孕み、建築物が本来有すべき安全性に欠けるものと推認せざるを得ない。
被告は、本件建物に板厚1.6ミリメートルの鉄骨を採用して何ら差支えない旨主張するが、そもそも建築物がその使用と自然界の環境の変化に充分耐えうる耐性ないし安全性を備えていなければならないことは当然の要請であり、居住に供される建築物の場合右要請は一属強固なものと考えられるところ、この場合の耐性ないし安全性とは単に計算上の安全値をいうものではなく、経験則上これを認めることのできる資材の不均質や作業工程上の瑕疵等諸々の要因によつて惹起される危険性をも充分考慮に入れたうえで、建築物が本来備えているべき機能に支障を来すことがないと考えられる程度の安全域をいうものでなければならないから、仮に、被告が本件建物の設計に際して行つた構造耐力計算の過程に誤りがなく、その計算上板厚1.6ミリメートルの鉄骨を使用して差支えないとの結論を得たとしても、これをもつて本件建物が安全であるということはできないし、前記諸要因を無視して鉄骨の耐用年数をいう被告の主張も採用の限りではない。
また、被告は、鉄骨の板厚を減らす代りに鉄骨の本数をふやして本件建物の安全性を確保したとも供述しているが、本件建物の鉄骨が特に多数であると認められる証拠はないし、板厚の薄さから惹起される前記欠点が鉄骨の本数を増すことで解消されるものでもない。
なお、本件建物に板厚1.6ミリメートルの鉄骨を使用することについて原告から了解を得た旨の被告の供述は、建築士としての職責を放棄して原告に責任を転嫁する発言としか理解できないが、これが事実としても、そのことによつて被告の責任に消長を来すものではない。
しかも、本件建物の場合には、前記鉄骨の板厚不足に加えて、間柱下に基礎がなく、壁面筋かい部分のトラスも最下層で形成されていなかつたことから、水平外力に対する耐性が著しく減少する結果となり、間柱の各階接合部に集結材が使用されていなかつたことや追加変更契約時の設計変更による荷重の増加とも相俟つて、建物の剛性が不足し、不等沈下や挫屈の危険が存する状態となつていたことは、<証拠>から、これを充分肯認することができ、現に引渡後間もなく本件建物に雨漏りとひび割れが発生し、前認定の補修工事をするに至つたことを考え併せると、本件建物には暇疵が存すると言わざるを得ない。
六被告の責任
以上の認定からも明らかなとおり、本件建物の瑕疵は、被告が建築士としての設計、施工及び監理上の注意義務を怠つた結果として惹起されたもので、本件工事請負契約上の債務の本旨に従わない不完全な履行によるものであるから、不法行為との競合も問題とされる余地があり、いずれにしても被告は原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。
七請求拡張部分の時効消滅
被告は前記各訴の変更によつて拡張された合計二〇三一万八二〇〇円(原告の本訴請求のうち、訴状で請求した金二三〇万円を除く残額)の損害賠償請求権が時効によつて消滅している旨主張し、時効を援用するので、この点について判断する。
1 まず、債務不履行を原因とする損害賠償請求権は、その権利を行使しうる時から一〇年の消滅時効にかかるところ、工事請負契約上の債務不履行の場合には、当該工事完了(完成引渡)の時からその権利を行使しうるものと解され、本件のように設計、施工、監理が一体となつた契約の場合もこれと同様に解すべきものであるから、原告の被告に対する右損害賠償請求権は、本件工事が完了した昭和四〇年七月下旬から一〇年を経過した同五〇年七月下旬をもつて時効が完成し、仮に補修工事における被告の指示等がこれと併せて一個の、あるいは独立して別個の債務不履行に該当するとしても、同工事の終了した同四〇年一〇月中旬から一〇年を経過した同五〇年一〇月中旬をもつて時効により消滅したことになる。
2 また、不法行為を原因とする損害賠償請求権は、被害者が加害者及び損害を知つた時から三年の短期消滅時効にかかるが、ここに損害を知るとは、単なる損害発生の推定や危惧という程度を越え、加害者の違法行為により損害が発生したことを確知することを要するが、損害の程度や数額を具体的に知ることまでの必要はなく、これを本件についてみるに、原告が、少くとも本訴を提起した昭和四一年一一月二一日の時点で、被告の設計、施工した本件建物に認定した如き瑕疵の存していることを知つていたことは訴状の記載に照らして明らかであるから、原告の被告に対する右請求権は、遅くとも本訴提起の日から三年後である同四四年一一月二一日の経過をもつて時効により消滅したことになる。
3 原告は、被告の債務不履行ないし不法行為が、本件建物を取壊した昭和五一年一一月上旬まで存続したと主張するが、被告の債務不履行ないし不法行為に該当する行為は本件工事ないし本件補修工事の完了によつて終了しており、それ以降の本件建物の存続は単なる結果にすぎないから、原告の右主張は採用できないし、早草實の協力によつて始めて損害を確知した旨の主張も、本件建物の瑕疵の内容について専門的見地から詳細に知ることまでの必要はないから、採用の限りではない。
4 以上のとおり、原告の被告に対する本件損害賠償請求権は、前記各時効期間の経過によつて消滅するところ、原告のなした各訴の変更は、いずれも右時効期間の経過後になされたもので、消滅時効が完成しているから、二度にわたる訴の変更によつて拡張された原告の請求部分(金二三〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める以外の部分)の請求権は時効により消滅したこととなる。
八原告が請求できる損害
1 <証拠>によれば、原告は新興建設に対し、昭和四一年八月一一日から同年一一月一〇日までの間三回に分けて、補修工事代金一三〇万円を支払つたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。
原告の右支出のうち前記土間コンクリート工事四万〇五〇〇円を除くものは被告設計、施工にかかる本件工事の前記瑕疵と因果関係がある損害に該当し、工事内容を検討しても、補修に名を借りた追加工事であると認められる部分は見当らないから、原告は被告に対し、前記金一三〇万円から右四万〇五〇〇円を差引いた一二五万九五〇〇円の賠償を請求しうべきものである。
2 次に慰藉料一〇〇万円の請求についてみると、原告は念願の自宅を建設したものの前認定のとおり建設直後から瑕疵に悩まされ、補修工事更には弁論の全趣旨から明らかなように昭和五一年一一月頃本件建物を取壊して居宅を再築するに至つたことが認められるから、被告は原告に対し慰藉料を支払う義務がある。そして、瑕疵の内容、程度、契約及び工事の経緯等一切の事情、殊に本件では工事途中での原告側の要請による追加変更契約、工事完了前の入居等諸般の事情を総合し、原告に生じた算定困難な諸々の損害をも含めて考えるとき、その額は六〇万円が相当であると判断する。
(志水義文 宮岡章 西野佳樹)